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2006年9月 6日 (水)

川淵会長・ロイター通信のインタビュー第二弾全和訳(9月5日)

<川淵会長の発言の要約>

「中田はすでに、他の選手たちと満足にコミニュケーションをとることができなくなっていた」
「中田は、チームメイトを説得するためにとるべき正しい態度も方法も全く知らなかった。」
「物怖じ(ものおじ)しない性格の中田に対して、他の日本選手たちが大人しすぎたこと、自己主張もしなかったことがチームの崩壊と敗退の原因」

<インタビュー全文>

JFA会長「日本選手たちは中田を無視していた」
by Alastair Himmer (アラスター・ヒンメル記者)
http://sports.yahoo.com/sow/news?slug=reu-japan_interview&prov=reuters&type=lgns

(東京 9月5日 ロイター)
日本サッカー会長の川淵氏によると、日本の中心選手である中田英寿がW杯後に引退したのは、チームメイトとのコミニュケーションが破綻していたことが大きな原因だったという。W杯一次リーグ敗退後、中田はプロサッカーから劇的に引退をしたが、彼と他の選手との関係は以前からギクシャクしていた。

「中田はすでに、他の選手たちと満足にコミニュケーションをとることができなくなっていた」

と川淵三郎JFA会長は最近のロイターとのインタビューで述べた。

「中田はW杯で自らの持てるもの全てを捧げようとしていたが、チームメイトには幾分無視され気味だった。他の選手達にどうしたら意図を伝えられるのかわからないと自問自答していた。」

ドルトムントでブラジルに4-1で敗れ、アジア王者日本のW杯敗退が決まった後、中田は芝の上にくずれ落ち、こらえることができずに10分間もさめざめと涙を流した。中田は過去に先輩選手達とも衝突を起こしており、これは彼の無遠慮な性格にも問題があったと川淵は考えている。

「中田は、チームメイトを説得するためにとるべき正しい態度も方法も全く知らなかった。」
と川淵氏。
「そのせいでこんな風に全てが終わってしまったのは本当に情けないことだ。」

”内気な性格”

物怖じ(ものおじ)しない性格の中田に対して、他の日本選手たちが大人しすぎたのがチームの崩壊の原因だと川淵は他の選手の内気さを非難した。

「あの選手たちって何を考えているかよくわからないでしょ。」
と川淵氏。
「キャプテンの宮本すらあまり自分の考えを出さないしね。」
「彼らはチームに尽くしてたけれど、性格上、主張しないところがある。中田の実績も偉大すぎた。」

国際試合80試合の経験のある中田がたった29歳で引退してしまったことは、W杯後にジーコを引き継いだイビチャ・オシム代表監督にとっては打撃だ。しかしながら、二度アジア最優秀選手になった中田無しでオシムがチーム作りに成功するかどうかについては、川淵は達観しているようだ。

「それについては全く心配していませんよ」と川淵氏。
「オシムはチームを全く新しい方向に持っていくことを望んでるし、我々は彼が必要とするあらゆるサポートをするつもりです。」

しかしながら、すすり泣きとともに幕を閉じたW杯についての後悔と不満はまだしばらく後を引いている。

「中田が自分の考えを語る時、周囲によく波紋を起こした」と川淵氏。
「でもそれに対して他の選手たちは発言しなさすぎたね。こういうのが一番の問題だったんだよ。これが何もかもダメにしてしまった理由だ」


<このインタビューに関しての筆者の感想>

川淵氏は、今週発売の週刊サッカーマガジンでも、

「自由を与えたジーコのやり方は間違っていないと今も確信している」
「選手間に不和が起こったのが、最後の最後でいいところなく敗退した原因」

という旨の発言をしています。川淵氏の主張としては、「ジーコのやり方は失敗しておらず、日本人選手の内気な性格と中田がそりがあわなかったせいで不幸にもチーム状況が悪くなったから負けた」と、外部要因を理由にしたいようです。

しかしそうでしょうか。チーム内のこの問題について、ジーコはどのようにコミットしていたのか考えてみましょう。

セレソン経験者のジーコは、チームを大きな家族と考える傾向があったようです。マスコミの報道によると、ジーコは「ファミリー」内の不和や衝突を嫌ったといいます。選手間の序列を重視し、所属チームでベンチ入りしないことも多かった中田をチームの中核に据えました。また、同じく試合に出場していない柳沢(鹿島出身)を重用しましたが、これも大きな意味での家族意識(身内意識)に基づいた序列の現われともいえます。この、いわゆる「海外組」を優先する起用法は、メンバーを固定して連携を徹底するという点ではプラスの効果も期待されましたが、チーム内に「どうせ海外組が帰ってきたら俺達は出られない」と一部の国内組やサブ組を中心に白けたムードを産む原因になったとされています。
オーストラリア戦で坪井の足が痙攣して茂庭がスクランブル的に出場したときも、茂庭は場違いともいえるプレーを連発し、明らかに心理的な準備不足を露呈していました。一部の交代選手の間に、「自分も出てチームに貢献してやる」、「監督は出してくれるかもしれない」、という積極的な気持ちが殆どなかったであろうことを思わせる一幕でした。

こう考えると、「白けたムード」や「チーム内で孤立しがちな中田」、という構図を作った大きな原因は、他ならぬジーコのやり方だったと推測されます。

川淵氏がこのことには言及せず、敗因をただ中田とチームメイトの性格的要因に求めようとしているのは何故でしょう。そもそも何故この時期にこのような発言をするのでしょう。この理由は、おそらく、独断的にジーコ監督を選び、放任していた川淵氏自身に非難が起こるのを恐れるためではないでしょうか。
協会会長の仕事は代表の評論家ではありません。一国の協会会長がこのような時期に特定の選手に対してこのような批判的発言をするのには違和感を禁じ得ません。しかもそれが意識的にしろ無意識的にしろ保身を狙っての発言だとしたら問題です。敗退の理由を色々と挙げることによって、自分が負うべき責任を希薄化したいという思いも透けて見えます。

川淵会長、「オシムが必要なことは何でも与える」というのなら、殺人的な日程をやめて、日程の余裕を与えてあげてください。また、10月4日の代表戦もキリンとの契約で決まってるという理由で無理に試合をせず、トレーニングに充てる時間にしてください。

世代交代を怠ってきたジーコ時代のつけと、今年のみ1年早い2007年開催になったアジアカップのせいで、少ない時間で世代交代と戦術転換ということを同時にやろうとしている現代表には、時間が必要なことはサッカーを見てる人なら異論の無いところでしょう。

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